創業者の思い

『 一 心 同 体 』
 
不動産業界に入る「切っ掛け」は、老舗の上場企業に勤務の傍ら「趣味の合唱活動」にのめり込んで居て、常に「練習会場の確保」に悩まされて居りました。結果/『スタジオが欲しい~ならば造るしか無い』と脱サラを決断して不動産業に身を投じてしまいました。
当時は横須賀の山の上から通勤する「非都会人間」でして/交通アクセスや都内の全地区を覚えるのが「これ又ひと苦労」でした。「ビラ屋」と蔑称された『貸ビルの仲介専門業者』の知人の会社(日本橋)に草鞋を脱ぎました。
 
1年後、ここ新橋に独立し/三年後には社名を『ダク・エンタープライズ』に変更しました。が折悪しく、当時は横須賀港に「原子力潜水艦エンタープライズ」が寄港している真っ最中の為/『新社名』に付いて所々方々から/ご質問が寄せられました。
アマチュア合唱団のコンダクターを遣っていた私の愛称が【ダク】でして/ならば「ダクに~エンタープライズと付けたら」との「名付け親」が何故か長男(現社長)でした。
 
しかし、『この道の社会的位置の大切さ』を知るに付け、スタジオ造りへの「夢」は数年の中で「霧散」してしまいました。大事なのは「会社と全社員」の人生と生活。
そして/それを生み出してくれるのが『お客さま』であるコト。
 
以来、地元はもとより/23区の「各地元の皆さん」とは/誠実に徹して『信頼を得る』ことをモットーとして/首都圏360度~「貸す方・借りる方」のお役に立つ為に献身の努力は勿論の事/皆さんに『報・連・相』を通じて・お引き立てを賜って参りました。
勿論「確かな依頼先の売買」はお陰様で実る率が高く/ご信用に繋がって行った様です。
 
ここに、半世紀近く働かせて頂いて「80翁」は今/ご縁を頂いた方々や企業さまとは仕事に「誠実を徹していれば」/自ずと工夫や創造が生まれ/嘘や張ったりが排除され/歳に関係なく「問題解決のスピード感」が持続されるものだなあ・・・と今頃になって感じて居ります。
 
それにつけても、新虎通りを渡る度に思うことは。
コレに分断された『中小のビルや店舗』の将来性が憂慮されて仕方がないのは私だけでしょうか。世の趨勢を弁えては居る積もりですが、皆様とは「永いお付き合いの方が多い」ものですから/全くもって『他人ごと』とは思えないのです。
 
その昔から/全社員に言って居ることに。中小ビル(オーナー)の仕事が・我々に与えられた「天職」なのだから/顧客が困窮の場合は「その方(会社)と心中する気持ちになって対応しなければ【ダク】では無い」と。親しくなる程に「自然とお互いに通う心理」だと私は想って居ります。

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